2011年1月 日曜聞法会講義録

2011年1月 日曜聞法会講義録
(2011年1月9日/講師 北條頼宗師)

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はじめに

どうも今年もよろしくお願いします。今ほどは、五条袈裟を頂戴いたしまして、有難うございます。本当に、この浄願寺日曜聞法会に二十年も来るということは思ってもいない事でありましたけれども、いつの間にかそういうことになっておりました。 以前、野球のイチロー選手が、「二〇〇本安打っていうのは、いきなり二〇〇になったりしない。一本ずつしか増えてはいかないんだ」というような話をしていました。一本ずつの積み重ねの他に何もないんだと言っていたことを思い出します。そういう意味では、二十年というのも毎月毎月の積み重ねと言いましょうか、それがここへ二十年来たということでありましょうし、毎月毎月ということは、皆さん方もそうでしょうけれども、最初からいらっしゃる方は一人か二人はいらっしゃいますかね。最初の頃お世話になった方々で、お亡くなりになられた方も随分あってですね。そういう意味では時間の流れというものも感じます。

ただ不思議に思いますのは、体や足が悪くなって来られなくなった方もたくさんいらっしゃると思うんですけれども、あまり人数は変わっていないんですね。もしかしたら増えているのかも知れません。莫大に増えているわけではないですけれども、少しずつ、減ることもなく増えているような気がします。住職の努力もあるでしょうけれども、やはりそこに皆さん方の一人ひとりの、この場に身を運ぶ気持ちと言いましょうか、日々のそういうことが大事なんじゃないかなと思います。

いつまでということでもありませんので、ご縁の続く限り、このご縁を大事にお話をさせていただければと思います。

『歎異抄について』

正月は、いつも新年会があるということで普段の毎月定例の時には、おいでではない方もいらっしゃいますので、少しいつもとは趣きを変えてお話をさせていただいております。

今回は、『歎異抄』の第二章を読んでみたいと思って、コピーして配っていただきました。実は二十年前に、最初に私がお話したのがこの『歎異抄』なんです。元の本町の場所で、何年くらいかかったかわかりませんが、お話をしました。『歎異抄』というのは、「異なるを歎く」という意味です。これを書いた方は、親鸞聖人のお弟子の唯円さんという方です。唯円さんは、何を思ってこの『歎異抄』を書いたのでしょうか。

親鸞聖人が亡くなられた後、親鸞聖人の教えが、それぞれの勝手な了解によって、自分の都合の良いように捻じ曲げられていくことで、非常に混乱が生じていました。親鸞聖人亡き後の教団といっても、もちろん今のような教団ではありません。いろんな集まりがあるわけですけれども、混乱をしている。特に勢力争いのような、こちらが正しい、あちらが間違っているとか、それによって門徒の数を競うような、そういう混乱した状態になっていました。

唯円さんという方は、ずっと親鸞聖人のお傍にあって、そしてそういう具体的な出来事の中で、親鸞聖人のお言葉を聞いてこられた方です。そして、そういう有り様が親鸞聖人の仰せ・教えと異なっていることを歎いて書かれたのが、この『歎異抄』という書物なのです。 それで内容ですが、前半は親鸞聖人のお言葉が、ずっとこう、語録と言いますか、言葉を記録してある形です。後半は、どういうふうに異なったことをそこで言っているのかというものを具体的に挙げながら、親鸞聖人の言葉に照らして何が間違っているのかということを正していく、そういう書物になっています。

今回、その『歎異抄』の第二章を取り上げさせていただきました。時間もあまりないですけれどもせっかくですので、一緒に読んでいただければと思います。

(拝読)

おのおの十余か国のさかいをこえて、身命(しんみょう)をかえりみずして、たずねきたらしめたまう御こころざし、ひとえに往生極楽のみちをといきかんがためなり。しかるに念仏よりほかに往生のみちをも存知し、また法文等をもしりたるらんと、こころにくくおぼしめしてはんべらんは、 おおきなるあやまりなり。もししからば、南都北嶺にも、ゆゆしき学生たちおおく座(おわ)せられてそうろうなれば、かのひとにもあいたてまつりて、往生の要(よう)よくよくきかるべきなり。親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすベしと、よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。念仏はまことに浄土にうまるるたねにてやはんべるらん。また、地獄におつべき業(ごう)にてやはんべるらん。総じてもって存知せざるなり。たとい、法然(ほうねん)聖人(しょうにん)にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずそうろう。そのゆえは、自余(じよ)の行(ぎょう)もはげみて、仏になるべかりける身が、念仏をもうして、地獄におちてそうらわばこそ、すかされたてまつりて、という後悔もそうらわめ。いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定(いちじょう)すみかぞかし。弥陀の本願まことにおわしまさば、釈尊の説教、虚言(きょごん)なるべからず。仏説まことにおわしまさば、善導の御釈(おんしゃく)、虚言したまうべからず。善導の御釈まことならば、法然のおおせそらごとならんや。法然のおおせまことならば、親鸞がもうすむね、またもって、むなしかるべからずそうろうか。詮(せん)ずるところ、愚身(ぐしん)の信心におきてはかくのごとし。このうえは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面面(めんめん)の御(おん)はからいなりと云々

「出遇い」ということ

『歎異抄』では悪人正機が有名ですが、それは次の第三章に書かれています。

何故この第二章を今回取り上げるのか、ということでありますが、毎月の日曜聞法会は、現在『大無量寿経』という経典を一緒に読んでおります。『大無量寿経』という経典をごく簡単に申しますと、お釈迦様にお弟子の阿難尊者という方がいらっしゃいます。その阿難尊者が、お釈迦様にずっと仕えてきたんだけれども、ある時ですね、お釈迦様の光り輝く姿を拝見したと。今まで見たことがないお釈迦様のお姿を拝見して、何故そのように光り輝いておられるのかということをお釈迦様に尋ねるんですね。そしてそれに対して、その阿難尊者の質問を、『いい質問ですね』というのがよく、最近テレビで流行っていますけれども、大変喜ぶんですね、貴方の質問というのは世の人々を救う質問だと。こういうふうに、最高の誉め言葉をもって、その問いに応えていくわけです。その応えていく内容が、今日の勤行の後に拝読をしました部分です。

お釈迦様と阿難尊者が出遇った、阿難尊者がお釈迦様にそのことを問い尋ねた部分。そしてそのあとに、お釈迦様が説き始めた仏の名前がたくさん出てきます。二月からは世自在王仏と、一人の国王の出遇いの部分からお話する予定です。

とにかく、お話したいのは出遇いということなんです。つまり、阿難尊者が今まで出遇ったことのないお釈迦様の光り輝く姿を拝見して、これはいったいどういうことなんですかと問い尋ねるのです。これは、これまで阿難尊者が、お釈迦様が仏陀であるという本当の意味をわからなかったということです。仏陀であるお釈迦様に、実は今、初めて出遇った。それが光り輝く姿であるお釈迦様との出遇いです。仏陀に出遇うということは、こちら側にその仏陀に反応するモノがあるということですね。だから、阿難にとってみれば、仏陀に反応するモノが今まではなかったわけです。阿難は、いつも見ているお釈迦様が、本当の意味で仏陀であるということをわからないまま接していたということです。そのことに初めて気がついた。その気がついた、そのことをお釈迦様が誉めているんです。

しかし阿難尊者は、まだ本当の意味では解っていないわけです。極僅かですね。暗闇の中で微かな光を見たようなものですね。つまり、その内容がどういうことであるのかということをお釈迦様は、阿難尊者に物語をもって教えを説くわけです。一人の王様と、世において自在なる王の仏(世自在王仏)との出遇いの物語をもって語ろうとするわけです。

そして、先ほど住職の話にもありましたけれども、ここから、この国王が一人の道を求める者になって、そして、願を発(おこ)す。発願です。この願が本願といわれる願です。親鸞聖人は『大無量寿経』は阿弥陀の本願を説く経典だと押さえられます。つまり、大雑把に言えば、お釈迦様が阿難尊者に説こうとするのは、阿弥陀の本願を説こうとするわけです。

阿弥陀の本願

だから、阿弥陀様といっても、本当は本願、阿弥陀の本願と言いますけれども、実は阿弥陀仏というのは本願そのものなんです。だから、私達の本尊は、一応人間のような形をしているので、人のように思いますけれども、実は本願が南無阿弥陀仏なんです。南無阿弥陀仏が、阿弥陀様なんです。阿弥陀の本願というものを、お釈迦様の姿をとって表してあるのです。本願というのは、「色も形もましまさず」というように、願ですから、本当は形は無いわけです。私達は御参りをするときに、何処に向かってお参りしていいのかわからないので、こういう形でお釈迦様の姿をとらせているのです。ですから、木造で表せばこういう形になりますし、絵で書けば皆さんの御自宅のお内仏のように、絵の南無阿弥陀仏になります。今はあまりないと思いますけれども、蓮如上人の時代は「南無阿弥陀仏」という六字の名号を掛けて、そして、それが本尊でした。南無阿弥陀仏が本尊、南無阿弥陀仏が本願ですから。とにかく、この『大無量寿経』という経典は、阿弥陀の本願を物語をもって、表しています。

話を戻しますと、師との出遇いということが、実は本願の始まりにあるわけです。この阿弥陀の本願が何処から始まったのかといったら、一人の国王が師と出遇うことによって始まっていくわけです。また、阿難尊者もこのお釈迦様に出遇うことによって、初めて阿弥陀の本願を説いていただくのです。

よき師、法然との出遇い

師、よき師とこういうふうに言いますけれども、今日はここに第二章をお示ししたのは、親鸞と師・法然との出遇い、よき師との出遇いにおいて、本願が聞かれてくる。そういうことで、今日は、第二章の親鸞聖人と法然上人の出遇いのところを紹介しました。

第二章の最初のところ、これはどういう画面かというと、親鸞聖人が京都に居て、関東、茨城県辺りに、ご門徒がたくさんあったわけですが、この方々が親鸞聖人のもとを訪ねて京都へ行かれるわけです。十余か国というのは、今は日本国は一つですけれども、昔で言えば、千葉は何になるんですかね。下総の国ですかね。上総とか上野とか下野とか武蔵とか、いろいろとありますね。私は新潟ですから、越後の国。越後、越中、越前と、京都に向かっていきます。

とにかく、京都まではいくつもの国を越えて行くわけです。身命をかえりみずして。今なら新幹線で行きますけどね。歩いていくほかない時代ですから、それこそ命の保障が何処にもないわけです。何日ぐらいかかるかわかりませんが、その訪ねてこられた方々に対して、親鸞聖人がおっしゃった言葉です。「あなた方が命の保障もないにもかかわらず、わざわざこの京都まで、私をお訪ねになったのは、ひとえに往生極楽の道をお尋ねに来られたのでしょう」そして、「もしもあなた方が、私(親鸞)が念仏以外に往生する良い方法を知っていると思って聞きにきたのであれば、他へ行って下さい。他にもっと有名な学者の先生はたくさんいらっしゃいますから、そういうところに行って、念仏以外に往生する道を聞きたいのであれば、どうぞ他へ行って聞いてください」と。

「親鸞におきては、『ただ念仏して弥陀に助けられまいらすべし』」。「ただ」のところから、「まいらすべし」までが、よき人の仰せの言葉なので、鍵括弧で囲って見てください。「ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし」という言葉です。よき人、法然上人の仰せです。それをかぶる、蒙(かぶ)るという字が書いてあります。「蒙りて信ずるほかに別の子細なきなり」。親鸞においては、念仏往生、「ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし」という仰せを蒙るほかには何もないと。念仏以外の他の行を頼まない、それが法然上人の仰せでありますけれども、その法然上人の仰せをそのまま、この「蒙る」というのは、ちょっと、どういうふうに言っていいかわかりませんけども、いただくと言いましょうか、その他には何もないのであります。だから、浄土往生するにはどうしたらいいですかと聞かれれば、それは「ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし」と。この他にはなにもないんですよということを親鸞聖人は、訪ねてこられた方々に、言ってるわけですね。

「念仏は、まことに浄土にうまれるたねにてやはんべるらん」、「たね」です。因と言いましょうか。簡単に言うと、念仏したら浄土に生まれるって本当ですかと。日蓮上人という方は、親鸞聖人とは直接関係はない方ですけれども、法然上人のことは、言い方はちょっと俗っぽくて良くないですけれども、非常にライバル視し、敵対していたというか、批判していました。日蓮上人は、「念仏無間」というふうに言われました。これは日蓮上人が、法然上人に対して言った言葉です。

念仏無間とはどういうことかというと、念仏なんて称えてたら無間地獄に落ちるということです。無間地獄とは、「間」というのは、「ひま」ということです。ですから、無間というのは、「ひまがない」ということです。だから、無間地獄というのは、苦しみに休みがない地獄ということです。地獄の中で最も苦しいところです。普通の地獄は、苦しんだ後に休みがあるので、また少し経ってから、また苦しむんですけど、無間地獄というのは、その間がないのです。ずっと苦しみっぱなし。休む暇もなく、ずっと苦しい。これが無間地獄。地獄の中で最も苦しい地獄なんです。つまり、日蓮上人はですね、法然上人を批判して、「念仏を称えた者は無間地獄に落ちる」と、こういう意味で念仏無間と言っていたようです。「念仏して地獄におちたりとも」というのは、これはおそらくそういうことも踏まえてのことではないでしょうか。

つまり、念仏ということを言われるときに、だいたいそういう疑念、疑いの心というのがありますね。「念仏したらたすかるというのだったら念仏するけれども、念仏したら地獄に落ちるんだったらやめとこうか」、と、こういうふうに。普通といえば普通ですね。何でもそうですよね。「これ飲んだら痩せますよ」と言われても、本当に痩せるなら飲むだろうけど、効かないんだったら飲まない。それはそうですよね。そういうものです、何でも。

親鸞と法然の出遇い

だけど、ここに、親鸞という方は、法然上人との出遇いというときに、どういう出遇い方をするかというと、次の言葉ですね。「念仏したことによって浄土に生まれるのか、日蓮上人の言うように、念仏したために地獄に落ちるのか、そんなことは私は知りません」とこういうふうに、親鸞聖人は言っているわけです。「総じてもって存知せざるなり」と。

だったら、何で念仏なんだ?ということになりますよね。浄土に生まれるということがわかっているから念仏するというんだったら、わかる。「念仏すれば必ず浄土に生まれることが出来るので、私は念仏するんですよ」と、こういうふうに言うのが普通ですよね。だけど、「そんなことわかりません」とこういうふうに言っているんですから、普通だったら「あれ?」という感じですよね。 それで、次に「たとい法然上人にだまされて、念仏したために地獄に落ちたとしても、私は後悔しません」と、こういうふうにこう言っているわけです。普通は違いますよね。法然上人という人は、嘘をつくはずのない人だと、絶対間違いないんだと、こういうふうになりますけれども、そうじゃないんですよ。たとえ法然上人にだまされて、念仏したために地獄に落ちたとしても、私は後悔しませんと、こういうふうに。これが要するに、よき師に対する信頼ですね。だから、あの人は絶対に嘘をつかないとか、あの人は絶対私をだましたりしないんだという、そういう信頼じゃない。だまされても良いんですという信頼なんです。理由はその後に書かれています。

何故そんなことが言えるのかと。その理由は、「自余の行もはげみて」、自余の行、念仏以外の行と書いてありますね。つまり、親鸞自身、自分が、他の行をしたら成仏できるんだと、仏になるんだと。そういう者が、念仏したために地獄に落ちたというんだったら、それは念仏なんかしなければ良かったという、後悔になるけれども、「いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」、これがいわゆる「機の深信」のことです。言葉は難しいんですけれども、機の深信というのは、要するに我が身の自覚です。自分はどういう者かということなんです。つまり、いずれの行もおよびがたき身であると。行を行ずることが出来ない身ということですね。

私等は、滝に打たれたり、そういうことはありませんけれども、宗派によっては、いろいろあるようですね。寒い中、修行をしたり、座禅を組んだり、いろんな行があります。しかし、行が出来ないということは、滝に打たれることが出来ないという意味じゃないんです。行が行にならないということです。

一般的に行というと、何かを行う事を行のように思っていますが、例えば座禅ということであれば、座禅をすることが出来ないという意味じゃないんです。座禅をしても覚(さと)ることが出来ないということなんです。だから、滝に打たれるといったって、滝に打たれているだけだったら、それはただ冷たいだけです。そうではなくて、滝に打たれて、それによって、何かに目覚めるとか、そういうことがなかったら、それは行じゃないんです。ただの水浴びなんです。ですから、千日回峰行も、何かに目覚めたということがなかったら、散歩とダイエットでしかないわけです。断食とダイエットは違うんです。全然違うものです。ダイエットは痩せればいいでしょ。断食は痩せればいいんじゃなくて、断食は、断食することによって、見えてこなければならないのです。だから見えてこなければ、断食自体に意味がないということ。行じたことにならない。行として成り立たないということですね。だから行ずることができるということは、そこに証(あかし)がなければならないですね。教行信証といいますけれども。証、つまり、証というのは、目覚めですよ。目覚めがなければ行は、行になりません。

だから、どんなに苦しい行をしようが、滝に打たれようが、歩き回ろうが、目覚めたときに初めて、それが行だということが言えるのであって、目覚めていなければ、ただ歩いただけです。ただ腹が減っただけです。それでそれ以外の何ものでもない。つまり、成り立たないということです。だから、多くの場合、誤解されているといいますか、そういうことがあると思います。

親鸞聖人も比叡山に居たわけですから、もちろんいろんなことをやってきたわけです。いろんな行というものをやってきて、しかし、どの行をしたところで、未だにそういう目覚めということが起きた事がない。ただ、そこに一つはっきりしてきたことは、今まで示されてきた様々な行、つまり、これをすれば目覚めることが出来ますよ、これをすれば仏になることが出来ますよというふうに、仏教の歴史の中で示されてきたいろんな行が、自分にとっては行にならないということだったのです。それが、行であるかないかということを一般的に言ってるんじゃなくて、我が身においては行にならないということです。

それでは、自分はどういうものかといえば、「地獄一定すみか」の者であると。つまり、私の住むべきところは、地獄以外にはないということですね。そういう、我が身に目覚めたといいますかね。もっと言えば、そういう我が身を信ずることができた。地獄以外に行くところのない者として、自分を信ずることができたということですね。だから、法然上人に騙されて地獄に落ちるということはないのです。自分は地獄に居るのであって、地獄以外に行くところのない人間であるわけですから、騙されて地獄に行くということは絶対にない。そういう、法然上人に対する信頼というものと、身の自覚。自分に対する信頼ですね。「深信自身」と、こう言いますけれども、深く信ずる、我が身を深く信ずる。我が身を深く信ずるということは、地獄一定すみかである自分の身を深く信じているということです。それ以外の何者でもないという事を深く信ずるということですね。

親鸞の仏教史観

次に、「弥陀の本願まことにおわしまさば」と、いきなり弥陀の本願という言葉が出て来ますけれども、ここに親鸞聖人の仏教史観が言い表されています。親鸞聖人が受けとめられた仏教の歴史です。弥陀の本願から釈尊(お釈迦様)、善導、法然、親鸞の順で表されておりますが、今は逆に親鸞、法然、善導、釈尊、弥陀の本願という順にお話したいと思います。

まず、親鸞の信心というのは、「『ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし』という法然上人の仰せを信じるほかには何もありません」という信心ですから、その信心の真実(まこと)を表すために法然上人の仰せが真実(まこと)であることの根拠を善導に求めるわけです。 法然上人という方は、「偏依善導」、偏(ひとえ)に善導大師に依るということをおっしゃった方です。法然上人からしたら、善導大師というのは、本当にお釈迦様と一緒なんです。善導大師がおっしゃることは、その全てがお釈迦様がおっしゃるのと同じというように全面的に信頼しています。

次に善導大師の御釈が真実(まこと)であることの根拠をお釈迦様の教えの真実(まこと)に求めています。『正信偈』に、「善導独明仏正意」とありますが、これは仏出世の本意、つまりお釈迦様がこの世に出られた意味は、阿弥陀仏の本願を説いて苦悩の衆生を救わんがためであると善導大師が独り明らかにされたということです。同じく『正信偈』の前半部分には、「如来所以興出世 唯説弥陀本願海」という言葉があります。釈迦如来が、この世に生まれてきたのは唯一、弥陀の本願を説くためなのであるということです。

『大無量寿経』の中に、「何でお釈迦様がこの世に生まれてきたのか」ということが説いてあります。出世の本懐ですね。お釈迦様がこの世に出た理由を説くのが、この大無量寿経なんですけれども、お釈迦様がこの世に生まれ出た理由は、弥陀の本願を説くためだと、こういうふうに明らかにされたのです。

それをここではまず弥陀の本願を根拠として、弥陀の本願が真実であるならば、お釈迦様の説教というものは嘘ではない。そのお釈迦様のお説教が真実であるならば、善導大師のおっしゃることも嘘ではない。善導大師のおっしゃることが真実であるならば、法然上人の仰せというものもまたそらごとではない。法然上人の仰せが真実であるならば、私・親鸞が申すことも空しいことではないと。真実であると。 つまり、その根拠を弥陀の本願に求めているわけです。「私・親鸞は地獄一定すみかの者である」。その私・親鸞にとっては、南無阿弥陀仏によって浄土に往生していく、その道の他には何もないんだと。

本願

弥陀の本願とは、どういうことかと言えば、今ここで言うならば、地獄一定すみかの者を救うのが阿弥陀の本願ですね。つまり、他の何ものでも救われない者を救うとするのが、阿弥陀の本願です。他に一切救われることがない者、地獄に行くほかない者、それを救うために起こされたのが阿弥陀の本願なんです。

だから親鸞が言うのは、「もし阿弥陀の本願が本当であるならば、つまり私のような地獄一定すみかの者を救うために起こされたのが、阿弥陀の本願であるとするならば、この本願を説くお釈迦様の説教は、嘘言ではない」ということです。ここには一貫して、仏教とは何かということもあるのです。つまり、それまでの仏教というのは、いわゆる善人を救う仏教なんですね。しかも、いろんな善いことをして徳を積み、善を積んで立派な人間になって救われていく。これが、それまでの仏教というものです。

この『歎異抄』の第三章には、悪人正機ということではっきり出ていますけれども、善を積めるのは、善を積む縁があるからなんですね。同様に悪を成すのは悪を成す縁があるからです。人間に善人とか、悪人とかということはないんだというのが、これは仏教の基本的な考え方です。人間が善を成すのは善の縁があるから。人間が悪を成すのは悪の縁があるから。悪を成すほかない人は、悪を成す縁にずっと遇い続けてきた人です。人の物を盗まなければ生きて行けない人は、人の物を盗む以外に生きる道はないのです。死んでいくほかはない。その人にとっては、人の物を盗まざるをえない。正しいか、間違っているか、そんなことはわかったところで、その悪をやめるわけにいかない。

そういう者をいったい誰が救うのかと。つまり、人間を善人にして救おうとするのが、それまでの仏教です。人間を、悪人を、悪人のまま救おうとするのが、この阿弥陀の本願です。

親鸞聖人にとって、弥陀の本願による救済ということは、一般的な救済ではないんです。つまり、自分自身を、私を救う教えがどこにあるのか。そこにおいて法然上人に出遇い、「唯(ただ)念仏」の教えをいただいたのです。「ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし」という、その教えが私を救う教えであると。しかも、私を救うことができる教えは、すべての人を救うことのできる教えであると。これは、親鸞聖人における、教えに対する深い信頼なんですね。つまり、我が身が最も救われない存在であるということは、最も救われない存在を救える教えというのは、すべての人を救える教えなのです。そういう、自らに対する身の自覚と、それから、最も救われない自分を救うことのできる教えに対する絶対的な信頼。自分の身に対する信頼と教えに対する信頼。これは機の深信、法の深信とこういわれる内容です。親鸞聖人が法然上人を師と仰ぐというところには、そういう関係がある。先程申しましたように何か安易な、信頼したけど裏切られたとか、薄っぺらな関係ではないですね。だから騙されるということ自体が存在しないような関係です。地獄に落ちる理由は自分にあるということです。

自分との出遇い

ですから、これは阿難尊者とお釈迦様の場合であっても、国王と世自在王仏の場合であっても、親鸞聖人と法然上人の場合であっても、すべてに共通するのは、よき師と出遇うということは、同時に自分と出遇うということなんです。師との出遇いと自分との出遇いということが同時に起きるわけです。ですから、よき師というのはどういう人かと言ったら、我が身を知らせてくれる人です。我が身がどういうものであるかを知らせてくれる方が、よき師であるし、そういう我が身を知ることによって、よき師、念仏一つを勧めてくださる師と出遇うことが出来る。だから普通の一般的な意味で言う先生とはちょっと違うんですね。この念仏の道におけるよき師というのは、そういう方です。

だから、社会的権威があろうが、なかろうが、身なりが立派であろうが、なかろうが、そういうことは関係ないわけです。私に私を教えてくださる方が、この念仏の道においては、師なんです。私が、念仏によってのみ救われる身であるということを教えてくださる方が、よき師なんです。

これは、今日は出遇いということで申し上げましたけれども、ある意味新しい自分との出遇いにもなるわけですね。師と出遇う、先生と出遇うということは、新しい自分との出遇いなんです。だから、大無量寿経で言えば、国王という人が、法蔵菩薩というふうに新しく誕生するわけです。新しく生まれ出るんですね。名告りをあげて。師と出遇うことによって、自身を知り、その新しい自己として、名告りをあげるわけです。これは、信心ということでもあります。

それを金子大榮先生は、二度生まれというふうにおっしゃるわけです。いわゆる、お母さんのお腹から、「おぎゃあ』と産まれたときが、一度目ですけれども、二度目というのはよき師と出遇うことによって生まれ出る。二度目の生まれですね。

「何のために自分は生まれて来たのか」ということを求めて歩んでいく人の誕生です。お母さんのお腹から産まれてくるときは、わからないままに産まれてくるわけですよ。何をするためにこの世に出るのか、わからないまま出てくるわけです。それが一度目の産まれ。二度目の生まれというのは、産まれ出てきてしまった、その私はいったい何のために生まれてきたのかということを明らかにしていく、その名告りが道を求める者の誕生ということです。新しい自分が誕生するのです。そういうことを『歎異抄』第二章から、『大無量寿経』のお話と合わせながら、今日お話をさせていただきました。

最後に

『歎異抄』の言葉というのは非常に大事な、それこそ覚えるほどに読んでいただきたい言葉ばかりですので、暗記しなくてもいいですけれども、暗記するほどに、何べんでも、十回でも二十回でも百回でも二百回でも読み直していただきたいと思います。今日はここで終わらせていただきたいと思います。

[ 文責 浄願寺 ]